仕事で建築やってて、カメラもちょっとかじるようになって、見学会とかで建築撮ってると、ちゃんと建築写真撮りたくなってきます。本来なかなかの出費が必要なアオリ撮影に、今あるカメラ(APS-CセンサーのSONY α6400)で対応できるのか実験してみました。
建築写真って何?どうやって撮るの?
建築物は設計屋さんにとっては作品だったり、施工屋さんにとっては製品だったり、不動産屋さんにとっては商品だったりするわけですが、各々がその建物を本来の純粋な建物たる格好で記録したいという、いってみれば超巨大な商品撮影が建築写真です。物撮りでもそうですが、できるだけパースが効いてない、図面のような構図の写真が好まれます。さらに建築は原則、地面に対して水平・垂直に立つことが求められるので、写真も縦と横のラインをまっすぐするとそれっぽいです。どういうことかというと、下から高い建物を見上げると、左のように当然ですが遠くのものは小さくなり、上にいくほどすぼんでいきます。コレをまっすぐにパソコン上で補正したのが右です。たてのラインがまっすぐ。図面至上主義の建築屋にとってはすごくしっくり来る形。
普通のカメラで建築写真っぽく取る方法
真っ直ぐ撮るということを第一優先に普通のカメラで撮ろうと思うと左のようになります。カメラを水平に構えるとたてのラインは真っ直ぐになります。この時中心の高さは自分の目線の高さ(=カメラのセンサーの中心高さ)になっているはずです。これをトリミングしたものが右。それっぽくなります。
とりあえず手持ちのカメラで撮るには便利な技。スマホカメラでもできます。ただし下記のようなデメリットがあります。
- 後加工の手間が多い
- トリミング&補正による画質劣化
- より広角なレンズが必要
- 広角レンズを活かしきれないので、撮れる範囲に限界がある。
アオリ撮影ってなに?
ということで、補正&トリミングの方法では画質に限界があるので、通常プロの建築写真家はアオリ撮影という方法を行います。
通常のカメラはセンサーの中心とレンズの中心が揃って状態で固定されているのが通常ですが、そこをずらす、シフトすることで画角がずれます。これがシフトアオリ撮影。ちょっとイメージしづらいかもしれませんが、キャノンさんのサイトにわかりやすい絵があったので紹介。
https://cweb.canon.jp/ef/special/ts-e/index.html

これで上の補正ではトリミングしてた部分まで活かせるわけです。
他にセンサーに対してレンズを傾けるチルトアオリ撮影ってのもあるんですが、こちらは建築写真ではあまり使いません。(建築、町並みに対して逆にチルトをかけることによってミニチュアっぽいぼけになるという手法もあります。)
必要な機材
ではどういった機材が必要になるのか。本来動かない方向にレンズが動く、そんなレンズが存在するわけです。それがTSレンズ(チルトシフトレンズ)です。まさしくプロ向け。キャノン・ニコンからフルサイズセンサー用のレンズが発売されています。ちなみにソニーにはありません。
TSレンズはその特殊な特性から全て単焦点・マニュアルフォーカスのレンズになります。画角は超広角から望遠まで何種類もあります。その中でも建築写真向けに一番広く撮れる超広角のTSレンズはキャノンから17mmの物が出ています。

早速これを購入しましょう♪と行ければいいのですが何事も予算があります。このレンズ、2021年8月時点の価格ドットコム最安値で約22万円。中古もあったりなかったりでヤフオクでも状態のいいものは20万近く。ズームもできない、オートフォーカスも効かない建築写真特化レンズに素人がなかなか手が出るものではありません。しかもフルサイズ用のマウント。マウントアダプターを介すれば、自分の持ってるAPS-CセンサーのSONY α6400でもつけることは可能ですが、画角が切り取られて焦点距離1.5倍になるので、17mmだと25.5mmになります。広角といえば広角ですが、建築用途だと狭い・・・。
なにかいい方法はないかといろいろ考えてみました。
APS-Cセンサーでアオリ撮影する方法
結論から言うとシフト機能付きのマウントアダプターにフルサイズ用の超広角レンズを組み合わせます。
マウントアダプター
マウントアダプターというのは違うマウントのレンズを取り付けられるようにする変換アダプターです。一昔前の一眼レフと呼ばれるカメラから、物理的にガチャガチャ動くレフ板がなくなってミラーレス一眼が主流になってきましたが、それによって本体が小さくなっただけでなく、レンズとセンサーの距離(フランジバック)も短くなりました。(それによってレンズも小型化できてます。)なので、一眼レフ用のフランジバックが長いレンズを、ミラーレス一眼用のフランジバックが短いマウントのボディへ変換するのが原則です。物理的にアダプターが存在するのかどうかはこちらのサイトにマウントの一覧があるので、参考にするとわかりやすいです。
https://photosku.com/archives/1435/
このアダプターに色々とおまけ機能がついたものがありまして、その中にシフト機能付き、もしくはチルトシフト機能付きなものが存在します。今回はそれを活用します。マウントアダプターのHPを探っていると色々なものが見つかります。
レンズ
合わせるレンズを考えます。超広角でフルサイズ用のレンズが必要です。この時APS-Cサイズのレンズではいけません。センサーサイズより大きい規格のレンズでないとシフトした際にケラれてしまいます。マウントはキャノンEFマウント、もしくはニコンのFマウント。2大メジャーマウントなのでシフト付きのアダプターもありますし、レンズの選択肢も増えます。また、電子接点付きのシフト機能付きマウントアダプターがないことから、できればマニュアルフォーカスがいいでしょう。
意外な落とし穴:絞りリング
揃えてる途中で気づいたのですが、結構重要なのが「絞り」です。手持ちのレンズを見てもらえればわかりますが、最近のレンズはフォーカスリング、ズームリングはあっても、絞り(F値)のリングが無いものが多いです。通常は本体で制御するのであまり気にならないですが、電子接点が無いのでレンズ側でコントロールしなければなりません。絞りリングのないレンズを電子接点のないアダプターで取り付けると、キャノンレンズは開放固定に、ニコンレンズは一番絞った状態で固定になります。これじゃ困る。建築写真なのでF8ぐらいに設定したいものです。色々調べると解決策は2つ。
- 絞りリングのついたマニュアルフォーカスレンズを使う
- ちょっと古いニコンFマウントのレンズを使う
1について、最近の純正レンズだと少ないですが、中華ブランドの製品だと、はじめから電子接点のないMFレンズがあるので、その場合は絞りリングもついてます。
2について、キャノンはかなり前から電子コントロールによる絞りになっているようですが、ニコンのFマウントレンズでは結構最近のものまで、マウント部分の物理的なレバーで絞りをコントロールしているようです。なので、絞りリングがないAFレンズでもレバー制御式ならなんとかなるかも、と思ったら、ニコンFマウント用のアダプターに絞り操作のレバーがついたものがありました。

機材紹介
ということで、探した機材の紹介です。
レンズ
左から
- LAOWA 12mm F2.8 Zero-D(キャノンEF)
- SIGMA 12-24mm F4.5-5.6 EX DG HSM(ニコンF)
- SIGMA 8-16mm F4.5-5.6 DC HSM(ニコンF)
1.はフルサイズ用12mmの超広角単焦点です。MFで絞りリングもありますが、比較的新しいレンズで歪みの少ないゼロ・ディストーション設計。シフト機能付きのマウントアダプターと合わせます。APS-Cセンサーにつけて1.5倍換算でも18mm。キャノンのTSレンズに迫る超広角です。新品で14万円弱からで中古では見つからず。今回はGooPassさんでレンタルしました。Rank3で¥15,180(税込)/月でレンタルできました。
2.はシグマのちょっと古い超広角ズームレンズでフルサイズ用。ズームレンズをシフト化したらどうなるの?って試みです。35mm換算で18-36mmまで対応します。この手のズームレンズには絞りリングはついているものがなく、レバー操作式のニコン用のものを選びました。ヤフオクでAF不良品を1万円台で手に入れました。
3.もシグマのズームレンズですが、こちらはAPS-C用。先程、シフトするからセンサーより大きい規格のレンズじゃないといけない、といいましたが特殊なマウントアダプターで対応します。LAOWAのマジックシフトコンバーターというもので、中にレンズが仕込まれていて、レンズのイメージサークルを拡大してくれます。本来はフルサイズ用の1のレンズをフルサイズセンサーの本体に取り付けるためのものです。その分1段暗くなって、焦点距離も1.4倍になるのですが、それをAPS-C用の小型なレンズと合わせるとどうなるのかという試み。広角端の焦点距離は8mm*1.4倍*1.5倍で約17mmになります。実は一番広いというのも面白いところ。ニコンF用のマジックシフトコンバーターもあるらしいのですが、スグに手に入らなかったので、今回はEFマウント用のものに、EFマウントをFマウントに変換するうっすいマウントアダプターを重ねづけしています。レンズはこちらもGooPassさんでレンタル。Rank1で¥6,380(税込)/月でレンタルできました。
マウントアダプター
マウントアダプターは全て新品を購入しました。マジックシフトコンバーターはマップカメラでほぼ4万円。他はFotodioxの直販ページから注文しました。
- シフト機能付きキャノンEF→ソニーEマウント:$99.95(≒¥11000)
- チルト・シフト・絞り機能付機ニコンF→ソニーEマウントが$199.95(≒¥22000)
- 絞り機能付きニコンF→キャノンEFマウント:$44.95(≒¥5000)
※+送料:$30(≒¥3300)/回
動作確認
上記のマウントアダプターがどういった動きをするのかカメラ(ソニーα6400)に付けた状態で確認してみます。
※撮影時の安定感からリグを装着しています。
シフト機能付きキャノンEF→ソニーEマウント
デフォルトの状態(①)から上の銀色のタブを押すと左右方向にシフトすることができます。(②)シフト量は最大9mmです。サイドの羽を反時計回りに回すとマウント全体を好きな方向に回転させることができます。(③)リボンルビング機能って言うそうです。これによって好きな方向にシフトすることができます。回転は無段階っぽいですが、レバーを戻すと引っかかりがあるので、90度ぴったりにも合わせやすいです。
チルト・シフト・絞り機能付機ニコンF→ソニーEマウント
デフォルトの状態(①)からして少々メカメカしいです。上の銀色のタブを押すと左右方向にシフトすることができます。(②)シフト量は最大10mmです。横のボタンを押すことで回転できます。(③④)90度の内、1/4ずつ引っかかりがあって決めやすいです。反対側にロックのネジがあります。(⑤)これを緩ませるとチルト機能でレンズが斜めに傾きます。(⑥)
丸が書かれた青いリング(⑦)をひねると、ニコンFレンズの絞りをコントロールすることができます。(⑧開放→⑨絞り)
マジックシフトコンバーター+絞り機能付きニコンF→キャノンEFマウント
①デフォルト ②ダイヤル操作 ③シフト時 ④回転ボタン ⑤90度回転 ⑥ロックネジ
レンズが入っていてズシリと重いです。奥行寸法も単純なマウントアダプターより大きいです。(①)ダイヤルを回して左右にシフトします。(②)非常にスムーズでガタツキのない動き。シフト量は最大10mm。(③)横のボタンを押すことで回転できます。(④)(リボンルビング機能)90度回転した状態。(⑤)下側についてるこのネジでシフトの動きをロックすることができます。(⑥)
⑦Fマウントアダプター ⑧重ね付け ⑨絞り操作
上のマジックシフトコンバーターはキャノンEFマウント用なので更にニコンのレンズをつけるためにマウントアダプターを重ねづけします。単体だとこんなに薄い。(⑦)重ね付けした状態。(⑧)青いレバーをひねるとこの突起でレンズ側のレバーを操作します。(⑨)ただ、この薄いマウント、FotodioxのEFマウントにはすんなりつくのですが、このLAOWAのマジックシフトコンバーターにはかなりきつかったです。おすすめはできません。
レンズ装着時
実際にLAOWAの12mmをつけて動かしてみました。なれるまではなかなか気色悪いですねw
それぞれ完成形の比較です。出目金レンズが横並びになるとなかなか壮観。今回リグを付けているのであまり違和感ないですが、本来はカメラの高さよりレンズのほうが太くなるので結構アンバランスです。
撮影テスト
それではやっと撮り比べです!遠出ができないご時世なので近くにあるいつものビルを撮りました!
(NHK広島放送局が入ってる、通称放送会館)
手持ちです(三脚据えろよ)厳密な比較になってないかもしれませんが、こんな感じです。全てマウントコンバーターいっぱいまでシフトしています。RAWで色調が同じ様になるように補正、ジオメトリは簡単な回転だけ補正した状態。意外と絵になってませんか!
1.はゼロディストーションが売りなだけあって、かなり真っ直ぐ線が出ています。ただ上部は少し暗いですね。周辺の光量落ちが片方にだけ出ているということでしょうか。実用的かもです。1と2は画角は同じ18mmですが、1の方だけ上に寄ってます。これはマウントコンバーターのシフト量が1mm少ないことによると思われます。1は9mmで2は10mmのシフト。このシフトコンバーターはシフト部分で若干ガタツキがありました。厳密にはピントに影響が出ているかもしれませんがあまり気になりません。
2.10mmシフトしたらちょっとケラれてしまいました。上部は光量落ちがありますが、ディストーションは思ったほど悪くないようです。ただ、少し古いレンズになるので、ピントリングをいっぱい回しても無限遠に合いません。ピント拡大してちょっとだけ戻すという作業が必要です。あと、絞りはF8以上に絞ってるつもりですが下の方にピントを合わせると上の方はピントがずれてます。
3.一番広角な組み合わせですが、ケラれるので有効画角は変わらなそうです。歪みはぱっと見でわかるレベルですね。これは趣味でも厳しいかも。APS-C用なので2よりスリムなレンズですが、マジックシフトコンバーターにレンズが入ってるので組み合わせると一番重いです。マジックシフトコンバーター自体のできはよく、ダイヤル操作でシフトするので、ガタツキもなく動きがスムーズです。
結果としては1が一番。2もあり。3はなしという感じです。
ちなみに2はズームレンズなので、ちょっと離れる場合はこっちのほうが有利です。やはりズームレンズは便利。下記は2で16mmあたり(換算24mm)で撮影したものです。ただ、古いレンズなので逆光には弱いです。
美味しい組み合わせ
これでいっぱい撮りたいなと思った一番の組み合わせはLAOWAの12mmです。買おうとすればアダプターと合わせると15万円ぐらいのトータルコスト。このままダラダラレンタルしとこうか・・・踏み切るべきか・・・悩ましい!

シグマの12-24ズームとの組み合わせもコストを考えるとありかなと思います。アダプターと合わせて4万円ぐらい。このズームレンズとの組み合わせはもう少し新しいレンズだと、もっと実用的かもしれません。お持ちの方はお試しあれ!
こんな撮影方法も
シフト方向を回転させれば(リボンルビング機能)高さのある建物だけでなく、横構図の上下や斜め方向にもシフトできます。下記の例では左からシフトなし、上方向にシフト、斜めにシフトしています。歩道から出ずに結構自由な構図が可能です。レンズはLAOWA12mm。
こちらは横構図でど真ん中に構え、レンズを左右両方に横シフトしたものをパノラマ合成するという技。APS-Cで最もワイドなクラスの13.5mm(35mm換算)でも入らない、丹下健三の平和資料館をようやく収めることができました。今回は手持ですが、本来は三脚をレンズに固定して、本体側をスライドさせるときれいに合成できるようです。
なかなか自由度が上がって面白いです!
今さらアオリ撮影をやってみる一番の理由
今回試してAPS-Cセンサα6400でも費用を抑えて、そこそこのアオリ撮影ができる事がわかりました。また建築写真において、やはりアオリ撮影はかなり有用だという事がわかりました。そしてなにより面白いです。
ただ広角と解像度を求めず、加工手間を面倒臭がらなければそこまでって感じですよね。それでも僕がやってみようと思った理由は実は別にありまして、あんまり巷ではそのメリットに触れられていません。それは・・・
アオリ撮影なら写真だけでなく動画に対応できるということです。
動画は4KもしくはフルHDで解像度が決まってきます。動画の後編集はかなりPCのスペックと時間も必要だし、トリミングして解像度落とすくらいならフレームレート上げるとか、カメラの限界まで性能使いたい。これからは建築も写真による記録だけでなく動画の時代になるかもしれません。ということで、このご時世でもまだまだアオリ撮影が必要なんじゃないかと思います。
はじめてみませんか?アオリ撮影。